自分を喜ばせることではなく、人を喜ばせることに執着する
私たちが日々の忙しさに追われていると、つい自分自身への執着が強くなりがちです。例えば、美食を追い求め、心を満たすことに一生懸命になるものの、その追求には終わりがありません。美味しいものへの渇望は、量を食べたいという欲求を膨らませ、神様から授かった満腹中枢のバランスを崩してしまうことでしょう。そうして、幸せは遠く感じられるようになります。
しかし、本当に大切なのは「足るを知る」こと。ご飯を食べられるその事実に、心からの感謝をすること。それが幸せへの第一歩です。そして、腹八分目で満足を見つけることが、豊かな人生を送る秘訣ではないでしょうか。そうすることで、自身への執着を手放していけます。
さて、もう一つ重要なのは、自分ではなく他人を喜ばせることに執着することです。人を喜ばせる手段として、私たちには「言葉」があります。私たちは成長を続ける存在ですが、過去の自分と同じ言葉を使い続けていないでしょうか。木が毎年新しい葉を育てるように、人も新しい、心に響く言葉を育てていく必要があります。
私たち人間も、万物の霊長として、木のように年ごとに新しい「言の葉」を育て、周りの人々を喜ばせることで、自分自身も豊かな心を育むことができます。人生は「言葉」ありき。言葉を変えれば、心が変わり、行動が変わり、最終的には人生が明るく豊かになるのです。自らを磨き、新たな言葉で周囲を照らし出す。そこに新しい幸せの種が見つかることでしょう。